CAM(補完代替医療)の分野において、
サプリメント等の研究が盛んなのは言うまでもありませんが、
それ以外に最近注目を浴びているのが、
ヨーガや太極拳です。
米国立補完代替医療センター(NCCAM)が
これらの研究に力を入れ始めているのは当然ですが
米国立がん研究所(NCI)も補助金を出しています。
NCIはがん撲滅を目標に掲げ、治療や検査方法など
様々な研究にお金を出していますが、
手術、抗がん剤、放射線療法などの、一通りの標準治療が終わった
キャンサーサバイバー(がん体験者・がん経験者)のケアに関する研究も
盛んに行っています。
以前の投稿でも報告した通り、
検診によるがんの早期発見や治療法の進歩等によって
キャンサー・サバイバーの数は年々増加しています。
標準的な治療を終えたキャンサー・サバイバーにとって、
再発を防ぎ、自分の健康を保つのに一体何をしたらいいのか・・・
というのは大きな課題の一つです。
また標準治療後に思わぬ副作用(神経痛、手足のしびれ、リンパ浮腫、疲労感、うつ等)に
悩む人も多いため、
それらの症状を緩和するためのケアも重要なポイントになります。
キャンサー・サバイバーの中には、極端な食餌療養に傾倒したり、
高価なサプリメントを買い求めたりする人も多いため、
適切(と考えられる)なケアについての情報や指標を提供することは、
国家的な組織としての、NCIやNCCAMの大切な役割です。
したがって、キャンサー・サバイバーたちが興味を持つ様々なCAMに対して
その是非を調査すべく研究費を投じているわけです。
たとえば、がん治療センターとしてアメリカでも人気の高い、
MDアンダーソンがんセンター(テキサス州)では、
ヨーガ研究としては史上最大の研究費(450万ドル)をNCIから受け取り、
1年近く前に大きなニュースになりました。
http://www.mdanderson.org/newsroom/news-releases/2010/m-d-anderson-receives-4-5-million-grant-largest-ever-for-study-of-yoga-and-cancer.html (英語記事にリンク)
そしてその成果の一部が、今年になって発表されました。
http://www.eurekalert.org/pub_releases/2011-05/uotm-yiq051711.php (英語記事にリンク)
ヨーガの効果を検証するにあたっての今回の臨床研究のデザインは
かなり細かく設定されています。
テーマは以下の通り
「放射線治療を受けることによって生じる女性乳がん患者の疲労感が、
ヨーガによって改善するかどうか?」
このテーマには少し解説が必要だと思います。
一口に乳がんといっても、人によって全く違う治療プロトコルになるので、
軽々しく一般化はできないのですが、
乳がんと診断された患者さんの標準的な事例を取り上げてみます。
まずは発見された腫瘍を手術によって摘出します。
その後、抗がん剤による化学療法を行います。
人によりますが、これがだいたい2カ月~4か月ぐらいかかります。
この時に毛髪が抜けるなどの副作用があります。
そして最後に、腫瘍があった場所に対して、
放射線療法を行います。
放射線療法というのは1回行けばいい・・・というものではなく、
週に5回通って、それを5~7週間続ける必要があります。
たいていの場合、週末を除くウィークデーに
毎朝、もしくは毎晩、ほんの15分程度の治療のために
通い続けなければならないのです。
手術、化学療法・・・といった治療を行ってきた後の患者さんにとっては
大きな負担です。
そして、放射線療法による顕著な副作用の一つが「疲労感」です。
したがってこの疲労感を軽減するために
様々なCAM(鍼、マッサージ等)が研究対象となってきた経緯があります。
こういった背景があって、
ヨーガの効果を調べる研究対象として、
「乳がん患者の放射線治療によって引き起こされる疲労感」が
選ばれたというわけです。
実際の臨床試験は、インドで最も大きなヨーガ大学兼研究機関である
S-VYASAと共同で行われました。
そして、参加した被験者女性136人は、以下の三つのグループに分けられ、
6週間という放射線療法の期間中、それぞれの実践が行われ
結果が比較されました。
1)ヨーガを実践する(1回1時間を週に3回)
2)普通のストレッチをする(1回1時間を週に3回)
3)なにもしないグループ
6週間が終了した後、すぐに行われたアンケート調査によれば、
何もしていないグループに比べると、
ヨーガとストレッチをやっていたグループからは、
疲労感がかなり改善されたと回答が得られました。
つまり「疲労感の軽減」という意味では、
ストレッチとヨーガは同等に効果が出ていたということです。
しかし、差異があったのは、
治療終了後、3~6ヶ月後の再調査の結果です。
ヨーガを実践したグループの方が、
身体機能(日常生活における様々な身体的活動)の改善が顕著であり
なにより、「がん」という体験にポジティブな意味を与えることが出来、
QOLが著しく向上しているという結果が得られたのです。
さらに、ヨーガを実践した人は、ストレスホルモンである
コルチゾールの減少が見られるという発見もありました。
つまり、ヨーガにはQOLを高める効果があることが明らかであり、
さらなる研究(ヨーガの何が効果を出しているのか?)を行う意味がある・・・
という結論になったのです。
これは、この試験以前に行われていた前段階の臨床試験結果とも
合致するものでした。
この流れだけみると
「なるほど、ヨーガは効果があるのだな・・・」と思ってしまうわけですが、
これが「科学的」に見える「臨床研究」の落とし穴です。
テーマとなっている「ヨーガの実践」というのは
統計で数字にできるほど、
被験者全員が同じようにできるものなのでしょうか?
一口にヨーガといっても、さまざまなタイプのものがありますが、
ここでいうヨーガとは、一体どんなものなのでしょうか?
一応、この研究におけるヨーガとストレッチとの違いについて、
「呼吸を伴ったポーズ、瞑想、リラックスのテクニック」といった事例が書かれていますが
それを、被験者全員が「同じように出来る」とは考えられませんし、
当然ですが、誰がどう教えるかによっても変わってきます。
見た目は、確かに臨床試験の形をしており、比較対照群もあり
結果が信頼できそうな”雰囲気”ではありますが、
「ヨーガが効果的」とひとくくりには出来ないことは明らかです。
ヨーガに効果がないということが言いたいわけではありません。
やり方によっては、ヨーガで期待できる効果もあるでしょうし、
それが体質的に合っている人もいるでしょう。
しかしそれまでの人生の過ごし方、考え方、ヨーガ以外の環境要因、人間関係など
QOLの評価には様々なものが影響するわけですから
それをこのような研究デザインの臨床試験で証明することは不可能です。
100歩譲って、この試験結果がなんらかの役に立つとしても、
この手法で証明されたのは
「女性乳がん患者が放射線治療を受けているときにヨーガを行った場合」という
非常に限定された場面であり、
例えば「乳がんの患者が化学療法をしているとき」には適用できず
新たな試験をしなければいけないのです。
そしてこの試験方法を使う限り、
症状別、患者のタイプ別・・・に延々と試験を続けることになります。
そもそも、私たちにとって身近な近代医療は
「病気の原因を細かく細かく特定して、それに特異的に効く薬や処置で対処する」
という手法によって、様々な病気に対する治療法を開発してきました。
症状や原因を細かくすればするほど、部分的な治療は飛躍的に発展しましたが、
身体全体、人間存在全体への配慮が損なわれてしまったのは、周知の通りです。
そして、その反省から、「ホリスティック(全人的)医療」という考え方が台頭してきました。
ヨーガをはじめとするCAMは、その筆頭です。
にもかかわらず、CAMの研究に対しても、全く同じ手法が使われているのです。
もともと病気や健康に関する哲学が全く異なる治療法(CAM)に対して、
自らの理屈を適用しようとすることは、
長さを計るのに、物差しを使わずに秤を使うようなものではないでしょうか?
残念ながら、多くの場合、
非常に限定された研究デザインで検証が行われ
まことしやかにその研究成果と、さらなる調査の必要性が語られ、
研究費が費やされていくことになります。
限られた予算をいかに効果的に使って検証すべきか・・・は
今後の大きな課題と言えるかと思います。