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レイキ考察

手かざし、ハンズ・オン・ヒーリング、エネルギーヒーリング・・・
というカテゴリーに分類されるメソッドの興亡の歴史をみると、
「レイキ」というメソッドは、非常に特殊であり、注目に値する存在です。

「レイキが有効で優れたメソッドである。」という理由からではありません。

あるヒーリングメソッドが
「世界的に認知され、受け継がれていくのに必要な条件」は何なのか?
について、問題提起をしてくれているからです。


伝統中国医療、アーユルヴェーダ、ヨーガは、
創始者が誰であったかということに関係なく
何千年と続いて来ている医療システムであり、
哲学・思想体系でもありますから議論の対象外としますが、
約200年の間に現れた「癒し」のメソッドには共通点がみられる場合があります。



「近代医学」とは別の路線、
いわゆる「補完代替医療(CAM)」は、ホメオパシーにせよ、
カイロプラクティックにせよ、オステオパシーにせよ、
特定のカリスマ的な力を持つ創始者がいます。

なおかつ、創始者とその後継者たちが、
しっかりと教育・教授・資格習得システムを作り上げてきました。

特に、上記の三つが世の中に出てきた時代は、
西洋医学の教育システムや医師の免許制度が、
現代のように確立していなかったこともあり、
西洋医学が主流であったとはいえ、様々な形で介入できる余地がありました。


そもそもオステオパシーの創始者であるスティルは、
もともと医師でしたが
近代医学に疑問を呈し自然治癒力を説いたのです。

そして、オステオパシーの哲学は、
その後の様々なCAMに大きな影響を与えました。

しかしながら、オステオパシーがスタートしたそのアメリカ本国に於いて、
オステオパスの資格は、近代医学の医師免許と同等であり、
その習得内容もほぼ同等となっています。

つまりオステオパシーを合法的に継続させるためには、
それしか方法が無かったと言うことです。

これはある意味、皮肉な結果といえるでしょう。


また、オステオパシーがアメリカで獲得したような資格システムを
確立できなかったヒーリングメソッドは、
カリスマがいなくなると空中分解して消滅するか
非常に細々と引き継がれていくことになります。



そういう中で、レイキはかなりユニークな歴史を持っているといえるでしょう。



レイキの始まりがどうであれ、
ある時期において「臼井ミカオ」というカリスマ的な指導者が現れ、
徒弟制による教授システム、会員制というビジネスシステムを作り上げたことは、
他の様々なヒーリングメソッドと同じです。

しかし、レイキが特殊なのは、
カリスマ的な指導者がいなくなった後もメソッドが維持され、
なおかつ、全世界的にそれが広がり、
最終的には米国補完代替医療センターという国家的な組織のウェブサイトで
手かざし療法の代表格として紹介されるほど有名になったということです。

「レイキ」は、「寿司」や「津波」と同様、
日本発祥の言葉として辞書に掲載されるまでに至ったのです。

しかも、オステオパシーやカイロプラクティックのように、
それを系統立てて教える学校や組織が無いにも関わらず。



もちろん、日本国内の「組織」だけを見れば、
臼井というカリスマ的指導者がいなくなった後、
一時的には会員数が増えたものの、
第二のカリスマは生まれず、内部分裂も避けられず、
最終的には第二次世界大戦の混乱もあって、
ほぼ消滅したに等しい状況でした。

ですから、その意味では、日本においては、
他の様々なヒーリングメソッドとほぼ同様の運命をたどったことになります。


ただ、レイキがユニークなのは、
カリスマ的指導者がいなくなった後にそのメソッドが海外へと伝えられ、
しかも、発祥地である日本ではほとんど表だった活動が無くなったころに、
海外で本格的に広がり始めたということです。


もちろん、そこには、第二のカリスマともいえる
ハワイ在住日系人「高田ハワヨ」の功績があるわけですが、
彼女は自分が始めたメソッドだとは吹聴しなかったため、
「創始者」というカリスマにはなりませんでした。


これも、レイキのユニークさを生み出した理由の一つではないかと思います。



どんなメソッドでも、世界的な広がりを見せたものは、
発祥の地、創始者もしくはカリスマ、
そして彼らが創りだした組織との繋がりが明確です。

そしてそこから外れる人たちは、
独自のメソッドを作り出して分裂していくという道筋をたどることになります。

つまり、メソッドの名前が新しく創出され、
創始者自らが新たなカリスマになっていくということです。


しかし、レイキの場合、発祥地とも創始者ともコンタクトすることが出来ず、
「それは本来のレイキではない」と
たしなめる人物も組織も学校も存在しなかったため、
自由気ままな手法で広めることが出来たのです。


つまり、良く言えば、
勝手にメソッドを作っても
シンボルを作り出しても
他のメソッドと組み合わせても
「レイキ」と名付けられる“寛容さ”があったということです。


それが証拠に、
西洋から入ってきたレイキのほとんどで
「マスターシンボル(第四のシンボル)」として重要視されている「大光明」は、
日本で行われていたレイキでは、
使われていないシンボルだったと言われています。


これについては、
どのレイキ実践者も明言を避けているところなのですが、
「直伝霊気」でも「臼井霊気療法学会」でも、
「大光明」は使われておらず、
どこでこのシンボルが「創作」され、
あたかもはじめからあったかのように使われるようになったのかは、
定かではないと言われています。


そして、その後も様々なシンボルが
其々の解釈の元に創出されていったのはご存じのとおりです。


誤解を恐れずに言えば、
レイキが存続できたのは、この自由さのおかげです。

自由さと言えば聞こえがいいかもしれませんが、
実際には、
「レイキというエネルギーの定義も、理論も、根拠も、哲学も、
何一つ明確なものはない」ということにもなります。


確かに、五戒という指針はありますが、
それはあくまでも「人間的に成長しましょう」という
道徳的教えのようなものであり、
レイキの理論的説明でも、定義でもありません。

レイキというエネルギーがどんなもので、
それがなぜ人間の身体や精神に影響を与えるのか、
どうして誰にでもできるようになるのか・・・についての
統一的な見解を提供するものではありません。


つまり、系統立てて教える学校が無くても、
組織が無くても、カリスマがいなくても、
勝手な解釈と勝手な教え方で続いて来てしまったのがレイキです。

むしろ、勝手にしても誰からもとがめられなかったからこそ、
中身の伴わない「名前」だけが独り歩きし、
「宗教と関係ない手かざし療法の代名詞」のように、
使われるようになったともいえるのです。


ホメオパシーに関わる方々が
「何の効果もなかったら200年も続かない」という言い回しを
使うことがありますが、
続くかどうかは、効果うんぬんよりも
社会的、経済的な要素の方が大きいのです。



経済的な要素とはどういうことかというと、
例えばフラワーエッセンスやオーラソーマのように、
「エッセンスやボトルが無ければ施術出来ない」という
物流を伴うビジネスモデルを構築することも、
メソッドを続けていくための賢い手法であるということです。


メソッド伝授だけを収入源にしているヒーリング団体は、
さらなるアドバンス講座などをどんどん創っていかない限り
生徒たちの興味を引き付け続けることが出来ず
財源確保が難しくなるからです。



そういう意味でも
(ビジネスモデルとして成功しているかどうかは別にして)、
物流もないのにこれだけ広がったレイキはユニークと言えますが、
その理由として考えられるのは「アチューメント」と「シンボル」の存在です。


一般的なヒーリングメソッドは、
何時間、あるいは何百時間もの講習に出席し実践を重ねて
やっと資格が取れたり、実践が出来るようになったりするわけですが、
レイキの場合、いろいろな講習はあるにせよ、
「アチューメント」というハイライトがあり、
「シンボル」という目に見える「商品」が存在します。



講習の内容はそれぞれの流派や個人でバラバラだとしても、
「アチューメント」と「シンボル」と引き換えに、
「レイキが出来るようになる」
(もともと持っている能力を開花させるともいいますが)という、
非常にシンプルな仕組みが中心になっていました。


これは、エネルギーヒーリングというものを全く知らない人にとっては、
分かりやすいシステムだったことでしょう。


エネルギーを感じるか感じないかは別にして、
やってもらったのだからたぶん出来るのだろうという安心があるからです。


もちろん、レイキを実践する人々が
そういったことを意識してビジネスモデルを構築してきたわけではなく、
ある意味偶然の産物です。

一人のカリスマが作り上げたシステムではなく、
それぞれの人が勝手にいろんなことをしていく中で
なんとなく出来あがってしまったものなのです。



だからこそ、
良く言えば「自由で、バリエーションに富んでおり」
悪く言えば、「中身が無い」のです。


このように書くと、
当初、臼井が教授システムを作り上げたときには、
理論的枠組みがきちんとしていて、
海外に広がる過程で
中身が無くなって行ったと考える人がいるかもしれませんが、
決してそうではありません。


臼井本人が述べているように、
彼にも、なぜそういったことが起きるのかは
わからないままだったのです。


そして、そういった矛盾や
組織継続の様々な問題に直面する時間もないまま、
レイキを体得してからたったの4年で、
彼はこの世を去ってしまったのです。


様々なヒーリングメソッドのカリスマとしては大変珍しいことですが、
この早すぎる死も、
「レイキ」の「寛容さ」「自由さ」に貢献しているといえましょう。


結局のところ、
「これがレイキだ!」という基準はなく、
ヒーラーや実践者が其々の解釈と其々のレベルで行っているのが
世界のレイキ事情です。


「100人いれば、100人のレイキがある」と言われるゆえんです。



こういった歴史的背景がある関係で
「レイキ」に効果があるかどうかを調査するのは困難です。


「●●さんのレイキ」に効果があるかどうかは検証できるかもしれませんが、
それが証明されたからと言って
レイキ全般に適用することは出来ません。


実際、米国補完代替医療センター(NCCAM)において、
以前はいくつかレイキ研究がありましたが、
今はほとんど行われていません。



同じ施術クオリティをもつレイキヒーラーを
全国的に集めて大規模な研究を行うことは不可能ですから、
大規模な試験には向かないというのが大きな理由だと考えられます。



例え効果が検証されても、検証されなかったとしても、
「手かざし療法の代名詞」として根付いたレイキは
様々な実践者を内包し、許容しながら、
今後も恐らく使われていくことでしょう。


なぜなら、どれだけ環境的、歴史的、人種的、文化的な要因に影響を受けても、
それをうまく乗り越え、融合させながら生き残ってきたレイキには、
どうとでも解釈し、発展させ、実践することが出来る「自由さ」があるからです。



そして、その自由さゆえに、
レイキは、「エネルギーヒーリングの入り口」
「初心者のためのエネルギーヒーリング」としての
価値があるのだと考えます。



長く続いているから、
たくさんの実践者がいるから、
資格があるから、
カリキュラムがしっかりしているから、

・・・だから効果があるに違いない!

と考えるのは、いささか短絡的だと言えるでしょう。



レイキをはじめとする様々なCAMの歴史を見ていくことで、
当たり前のように思っている考え方が
実は当たり前ではないことに気付くことが出来ます。


「見かけ」や「思いこみ」に惑わされることなく、
本質を見る目を養うことが大切だと
歴史が教えてくれています。



| 補完代替医療関連 | 17:38 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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ヨーガは効果的??

CAM(補完代替医療)の分野において、
サプリメント等の研究が盛んなのは言うまでもありませんが、
それ以外に最近注目を浴びているのが、
ヨーガや太極拳です。

米国立補完代替医療センター(NCCAM)が
これらの研究に力を入れ始めているのは当然ですが
米国立がん研究所(NCI)も補助金を出しています。

NCIはがん撲滅を目標に掲げ、治療や検査方法など
様々な研究にお金を出していますが、
手術、抗がん剤、放射線療法などの、一通りの標準治療が終わった
キャンサーサバイバー(がん体験者・がん経験者)のケアに関する研究も
盛んに行っています。


以前の投稿でも報告した通り、
検診によるがんの早期発見や治療法の進歩等によって
キャンサー・サバイバーの数は年々増加しています。

標準的な治療を終えたキャンサー・サバイバーにとって、
再発を防ぎ、自分の健康を保つのに一体何をしたらいいのか・・・
というのは大きな課題の一つです。

また標準治療後に思わぬ副作用(神経痛、手足のしびれ、リンパ浮腫、疲労感、うつ等)に
悩む人も多いため、
それらの症状を緩和するためのケアも重要なポイントになります。

キャンサー・サバイバーの中には、極端な食餌療養に傾倒したり、
高価なサプリメントを買い求めたりする人も多いため、
適切(と考えられる)なケアについての情報や指標を提供することは、
国家的な組織としての、NCIやNCCAMの大切な役割です。

したがって、キャンサー・サバイバーたちが興味を持つ様々なCAMに対して
その是非を調査すべく研究費を投じているわけです。

たとえば、がん治療センターとしてアメリカでも人気の高い、
MDアンダーソンがんセンター(テキサス州)では、
ヨーガ研究としては史上最大の研究費(450万ドル)をNCIから受け取り、
1年近く前に大きなニュースになりました。

http://www.mdanderson.org/newsroom/news-releases/2010/m-d-anderson-receives-4-5-million-grant-largest-ever-for-study-of-yoga-and-cancer.html (英語記事にリンク)


そしてその成果の一部が、今年になって発表されました。

http://www.eurekalert.org/pub_releases/2011-05/uotm-yiq051711.php  (英語記事にリンク)


ヨーガの効果を検証するにあたっての今回の臨床研究のデザインは
かなり細かく設定されています。



テーマは以下の通り

「放射線治療を受けることによって生じる女性乳がん患者の疲労感が、
ヨーガによって改善するかどうか?」


このテーマには少し解説が必要だと思います。

一口に乳がんといっても、人によって全く違う治療プロトコルになるので、
軽々しく一般化はできないのですが、
乳がんと診断された患者さんの標準的な事例を取り上げてみます。

まずは発見された腫瘍を手術によって摘出します。
その後、抗がん剤による化学療法を行います。
人によりますが、これがだいたい2カ月~4か月ぐらいかかります。
この時に毛髪が抜けるなどの副作用があります。
そして最後に、腫瘍があった場所に対して、
放射線療法を行います。

放射線療法というのは1回行けばいい・・・というものではなく、
週に5回通って、それを5~7週間続ける必要があります。

たいていの場合、週末を除くウィークデーに
毎朝、もしくは毎晩、ほんの15分程度の治療のために
通い続けなければならないのです。

手術、化学療法・・・といった治療を行ってきた後の患者さんにとっては
大きな負担です。
そして、放射線療法による顕著な副作用の一つが「疲労感」です。

したがってこの疲労感を軽減するために
様々なCAM(鍼、マッサージ等)が研究対象となってきた経緯があります。

こういった背景があって、
ヨーガの効果を調べる研究対象として、
「乳がん患者の放射線治療によって引き起こされる疲労感」が
選ばれたというわけです。


実際の臨床試験は、インドで最も大きなヨーガ大学兼研究機関である
S-VYASAと共同で行われました。

そして、参加した被験者女性136人は、以下の三つのグループに分けられ、
6週間という放射線療法の期間中、それぞれの実践が行われ
結果が比較されました。

1)ヨーガを実践する(1回1時間を週に3回)
2)普通のストレッチをする(1回1時間を週に3回)
3)なにもしないグループ


6週間が終了した後、すぐに行われたアンケート調査によれば、
何もしていないグループに比べると、
ヨーガとストレッチをやっていたグループからは、
疲労感がかなり改善されたと回答が得られました。

つまり「疲労感の軽減」という意味では、
ストレッチとヨーガは同等に効果が出ていたということです。

しかし、差異があったのは、
治療終了後、3~6ヶ月後の再調査の結果です。

ヨーガを実践したグループの方が、
身体機能(日常生活における様々な身体的活動)の改善が顕著であり
なにより、「がん」という体験にポジティブな意味を与えることが出来、
QOLが著しく向上しているという結果が得られたのです。

さらに、ヨーガを実践した人は、ストレスホルモンである
コルチゾールの減少が見られるという発見もありました。

つまり、ヨーガにはQOLを高める効果があることが明らかであり、
さらなる研究(ヨーガの何が効果を出しているのか?)を行う意味がある・・・
という結論になったのです。

これは、この試験以前に行われていた前段階の臨床試験結果とも
合致するものでした。


この流れだけみると
「なるほど、ヨーガは効果があるのだな・・・」と思ってしまうわけですが、
これが「科学的」に見える「臨床研究」の落とし穴です。

テーマとなっている「ヨーガの実践」というのは
統計で数字にできるほど、
被験者全員が同じようにできるものなのでしょうか?

一口にヨーガといっても、さまざまなタイプのものがありますが、
ここでいうヨーガとは、一体どんなものなのでしょうか?

一応、この研究におけるヨーガとストレッチとの違いについて、
「呼吸を伴ったポーズ、瞑想、リラックスのテクニック」といった事例が書かれていますが
それを、被験者全員が「同じように出来る」とは考えられませんし、
当然ですが、誰がどう教えるかによっても変わってきます。

見た目は、確かに臨床試験の形をしており、比較対照群もあり
結果が信頼できそうな”雰囲気”ではありますが、
「ヨーガが効果的」とひとくくりには出来ないことは明らかです。

ヨーガに効果がないということが言いたいわけではありません。
やり方によっては、ヨーガで期待できる効果もあるでしょうし、
それが体質的に合っている人もいるでしょう。
しかしそれまでの人生の過ごし方、考え方、ヨーガ以外の環境要因、人間関係など
QOLの評価には様々なものが影響するわけですから
それをこのような研究デザインの臨床試験で証明することは不可能です。

100歩譲って、この試験結果がなんらかの役に立つとしても、
この手法で証明されたのは
「女性乳がん患者が放射線治療を受けているときにヨーガを行った場合」という
非常に限定された場面であり、
例えば「乳がんの患者が化学療法をしているとき」には適用できず
新たな試験をしなければいけないのです。
そしてこの試験方法を使う限り、
症状別、患者のタイプ別・・・に延々と試験を続けることになります。


そもそも、私たちにとって身近な近代医療は
「病気の原因を細かく細かく特定して、それに特異的に効く薬や処置で対処する」
という手法によって、様々な病気に対する治療法を開発してきました。
症状や原因を細かくすればするほど、部分的な治療は飛躍的に発展しましたが、
身体全体、人間存在全体への配慮が損なわれてしまったのは、周知の通りです。
そして、その反省から、「ホリスティック(全人的)医療」という考え方が台頭してきました。
ヨーガをはじめとするCAMは、その筆頭です。

にもかかわらず、CAMの研究に対しても、全く同じ手法が使われているのです。

もともと病気や健康に関する哲学が全く異なる治療法(CAM)に対して、
自らの理屈を適用しようとすることは、
長さを計るのに、物差しを使わずに秤を使うようなものではないでしょうか?

残念ながら、多くの場合、
非常に限定された研究デザインで検証が行われ
まことしやかにその研究成果と、さらなる調査の必要性が語られ、
研究費が費やされていくことになります。

限られた予算をいかに効果的に使って検証すべきか・・・は
今後の大きな課題と言えるかと思います。




| 補完代替医療関連 | 18:41 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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痛みに向き合え!?

医療・健康に関する臨床試験や意識調査というのは
本当に様々な種類のものが行われていて、
医学論文となって発表されています。


医薬品の効果を示す非常に専門的なものから、
長生きする人はどんなものを食べる傾向にあるか?といったような内容まで、
バリエーションは豊富です。


中には何のために調べているのか良くわからないようなテーマもあります。


先日見つけた記事には
「痛みに向きあった方が耐えられる」というコメントが付いていました。


たとえば注射を受けるとき、
針が刺さるところをじっと見ている人と
見ないようにしようとしている人がいると思いますが
この調査結果によれば
「見ていた方が、目をそむけているよりも痛みに耐えられる」というのです。


http://drweilblog.squarespace.com/home/2011/5/2/stare-down-pain.html (英語の記事にリンク)


この記事はアメリカで統合医療の第一人者として
カリスマ的な人気を誇る、アンドルー・ワイル氏が
自身ブログで紹介しているものなのですが、
よくよく試験内容を見てみると、
そんなに簡単に結論付けてもいいものなのかどうか、
疑問がわいてきます。


本人も小規模な試験・・・とコメントしていますが
被験者の数は、たったの18人。
しかも、イギリスとイタリアの大学の共同研究だというのに、
集めた被験者がそれだけの数なのです。

まず、この時点で、この研究デザインに対して
?マークがついてしまいます。


実際に行われた試験は「注射をする」というわけではなく、
熱を持つ器具を手で握ってもらい、
どこまで熱さ(痛みを感じる熱さ)に耐えられるかを計測するという方法でした。

手を離した時点で温度を測って
何度まで耐えられたかを確認するのです。

この結果、手元を見ていた時の方が、
見えないように隠されていたときよりも
熱さに耐えることが出来るというデータが得られました。
(平均して3度ほど高い温度に耐えられた)
しかも、手元をただ見るのではなく、拡大して見ている方が
より一層、熱さに耐えられることも確認されました。

従って「痛みに向き合った方が、痛みに耐えらえるのでは?」という
結論になっているというわけです。

少なすぎる参加人数への批判は別として、
試験結果だけをみれば
なるほど・・・と思わずうなづいてしまうような結論に見えますが、
実際にそうなのでしょうか?

そもそも「痛み」といっても、いろいろなものがありますから
「熱さによって感じる痛み」だけの試験で
「見ていたほうが痛みに耐えられる」という一般論を導き出すのは無謀です。
視覚効果をいうのであれば、
痛みの原因になっている道具の違い(針、ナイフ、注射等)も
関係しているかもしれません。


また、被験者に関して言えば、
この試験は、「痛みにどの程度耐えられるか?」
ということを検証する研究デザインに基づいているので
そのことに「同意」してくれる人だけが集まるのは当然です。

つまり極度に痛みに弱い人や、
怖がる人はその時点で排除されるわけですから、
「平均的な結果」が出るとは到底考えられません。

また試験中に痛みに「慣れてしまう」可能性もありますし、
「見ていた方が痛くないという結果を出したい」という
検者や被験者の思いこみで
結果が左右される場合もあります。


つまり、結果が出たところでほとんど意味がないのです。


もちろん、試験をデザインした人は、
意味のない研究をしようと思ったわけではなく、
「患者さんの痛みを少しでも和らげる方法やアドバイス出来ることはないだろうか?」
と考えて、実際の臨床に活かそうとしたのかもしれません。

もともとは、患者さんのサポートのために考案された
良心的な研究テーマだったのかもしれません。

志はあるのにうまく結果に結び付かない・・・
もしくは自己満足で終わってしまう・・・というのは
研究者にありがちな落とし穴でもあります。

貴重な研究費が、こういうものに使われているのは
残念なことでもあります。


そして、私たちがこういう記事から学べることは
情報に惑わされない判断力を持つ大切さです。

ちまたで語られる「もっともらしい統計」に基づいた結論というのは、
血液型性格診断程度の信ぴょう性しかないものが
ほとんどなのです。



| 補完代替医療関連 | 23:03 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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米国立がん研究所のCAMへの取り組み

米国立がん研究所(NCI)は、米国立衛生研究所(NIH)の傘下にある
がん研究に特化した組織であり、
NIHの中ではナンバーワンの予算(2012年で約59億ドルに達する見込み)を誇ります。

国の取り組みに加えて、様々ながん患者団体の貢献もあり、、
アメリカにおけるがん患者の死亡率は、わずかではありますが、
減少傾向にあります。

http://seer.cancer.gov/statfacts/html/all.html(英語サイトにリンク)


ただし、このデータの解釈については様々議論があります。
たとえば、検診による早期発見が増加し、
診断を受けてから5年以上生存する人(がん体験者・キャンサーサバイバー)
が増えたために、死亡率が減少している(ように見える)という意見です。

たしかにがん体験者(この場合5年以上生存している人)の数は
この30年間に、がんに罹患した人全体の50%から65%へと増加しており、
最近になってその数が1200万人に達したとも報道されました。

がん体験者というのは、幸いにも一度はがんが治癒もしくは寛解したものの
再発の可能性は決して否定できず、
また、治療後の副作用に悩まされる場合もあるため、
自らの健康管理に意欲的になる人が少なくありません。


アメリカでは、増え続けるがん体験者をケアする団体や組織が
各地に存在していて、
がんに関する情報提供を行う啓蒙活動のほか、
瞑想、ヨガ、太極拳、ピアカウンセリングといった、CAMを提供しています。

したがって、NCCAMだけではなく、
NCIでも、独自にがん患者や体験者にCAMの情報を提供するべく
ウェブ上に情報サイトを作っています。


●NCIのCAMについてのサイト
http://www.cancer.gov/cancertopics/cam (英語サイトにリンク)
 

●NCI独自のCAM専用事務局
http://www.cancer.gov/cam/


また、NCIでは、「PDQ®(Physician Data Query®)」という
情報サイトを一般向けに公開しています。
PDQは非常に優れたシステムで、治療、臨床試験など、
さまざまながんに関連する情報を配信していて
辞書のようにABC順に検索することが出来ます。

英語版: http://www.cancer.gov/dictionary  

日本語版: http://cancerinfo.tri-kobe.org/index.html 
(日本語版は今年の1月にリニューアルされ、とても見やすくなりました)


このPDQでは、CAMに関する情報も充実しています。
しかも、変に否定的になり過ぎず
また過度に期待を持たせることなく、中立的に紹介されています。
それだけ、がん患者および体験者の中で
CAMに対する興味が高まっているということなのでしょう。

実際のところ、いわゆるEBMのデータとなりうるような
「臨床試験結果」に裏付けられたCAMは
一つもないのが現状ですが、
希望する人がいる以上、情報提供は必要であり、
NCI及び、NCCAMにおいても、「啓蒙活動」という意味では
様々な試みが行われているようです。



| 補完代替医療関連 | 17:10 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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がん体験者が最もCAMを利用する傾向にある?

今回ご紹介するのは、今年の3月に発表された報告で、
キャンサー・サバイバー(がん体験者)が
最もCAMを利用する傾向にある・・・・というものです

http://nccam.nih.gov/research/results/spotlight/032011.htm (英語サイトにリンク)


この報告書は2007年に行われた健康意識調査の結果を分析したものです。

調査対象となった23,393人のアメリカ人成人のうち、
がん体験者は1,471人であり、
それ以外の 21,922人はがん体験がありませんでした。

そして、がん体験者のCAMの利用について分析したところ
それまでにCAMを利用したことがあると答えた人は64%で、
過去一年間に利用したことがあると答えた人は43%になりました。

これに対して、非がん体験者の場合は、
それまでにCAMを利用したことがあると答えた人が53%で、
過去一年間にCAMを利用したことがあるのは37%に留まりました。

つまり、がん体験者の方がCAMを使う傾向にあるということです。

またこの報告書では、
どうしてがん体験者がCAMを使うに至ったかの理由も分析されており、
結果的に、がん体験者は、健康維持、病気の予防
免疫力の向上、痛みのコントロールなどに対して
非がん体験者よりも、CAMを使う傾向にある・・・と述べられています。

さらに、この研究では、
誰に勧められてCAMを使うに至ったかについても調査されており、
その理由は「家族、知人友人に勧められた」が15%で最も多く、
次が「医療提供者(ヘルス・ケア・プロバイダー)」で13%となっています。


つまりがん体験者の場合、医師、看護師などの医療提供者から
CAMの利用を促されることもあるということです。

したがって、がん体験者は、自分がCAMを利用しているということを
一般の人よりも医療提供者に話す傾向にあると分析されています。

それにもかかわらず、がん体験者は、実際には、
自分が利用したことのあるCAMセラピーの1/4程度しか
医療提供者に明らかにしていないとも報告されています。


CAMの利用に関して医療提供者と話し合う傾向にがん体験者ですら、
自分が試したCAMの全てを話さないのですから、
がん以外の患者であれば、なおさらです。

したがって、医療提供者側は、患者がよりメリットのある
治療(CAMも含めて)を受けることが出来るように、
もっと患者とのコミュニケーションを改善する必要があると
結論づけられています。


さて・・・

ここでもまた「患者と医療提供者側のコミュニケーションの欠如」が
問題になっていますが、
この結論のために、このような研究が必要でしたでしょうか?

そもそも、がん体験者(1,471人)とそれ以外(21,922人)に分ける意味は
どこにあったでしょうか?

一度大きな病気を体験した人が
自分の健康に気を使うようになるのはしごく当然のことであり
それはがん体験者に限った事ではありません。

そして「がん体験者ですら医療提供者に話さないのだから・・・」
というデータや説明がなくても、
人々がCAMの利用について医者に話さない傾向にあることは
自分の身の回りを考えてみれば、明らかなことです。

明らかに無駄な分析であることがお分かり頂けるでしょう。

前回のブログにも書いたように、
調査しなくても結果がわかるような研究に対して、
NCCAMが補助金や助成金を出したり、
独自研究を行う場合が多々あります。

なぜなら、アメリカにおけるCAM利用者が増えれば増えるほど、
大義名分が出来て、NCCAM自体は予算を取りやすくなるからです。

したがって、アメリカにおけるCAMの浸透度と
その研究の重要性に対する認知は、
NCCAMの存続意義にも関わる重大な問題になります。

ちなみに「がん」の研究は
アメリカにとっては最重要課題であり、
米国立がんセンター(NCI)に配分される膨大な予算をみれば、
もっとも研究費を受け取りやすい分野であることは明らかです。

わざわざここの研究で
「がん体験者」が引き合いに出されているということに
何らかの意図を感じざるを得ません。


もちろん、私はNCCAMの活動を批判しているわけではありません。

国から予算を得るためには
それがどれだけ社会貢献が出来るのかについて
根拠を述べる必要があり、
こういったアンケート調査は、そのためのデータを提供するものだからです。

NCCAMは国の調査機関ですから、
国からその研究テーマの重要性が認められなければ
予算がおりません。

統計のデータは意外と「当たり前」の結論を導き出すものですが、
たとえそうだったとしても、
「身の回りの人に聞いたら、そう言ってた」という理由では
研究する根拠に欠けると判断されてしまいますから、
一見無意味に思えるような世論調査を行って、
データを示すしかないのです。

つまり、これらの調査は、
本当に必要な調査用資金を得るための手段の一つといえます。
(手段と目的が混同されないことを願うばかりですが・・・)


もちろん、こういうデータを根拠にしたがるのは、
国だけではありません。

組織というものは、
「これは役に立ちそうだ!これは売れそうだ!面白そうだ!」という
一部の人たちの「直感」や「ひらめき」だけでは、
なかなか動いてくれないものです。

従って、説得するための「材料」を集めてくる必要があります。

そして、統計的なデータというのは
もっとも「信憑性がある」と信じられていて、
その結果は、非常に重んじられる傾向にあります。

しかし、統計から導き出されるデータには
いろいろな落とし穴があるのも事実。

これは臨床試験にも関わってくることですので、
いろいろな事例を踏まえて
考察していきたいと思います。




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